2000年にヒット作『カナリア』でデビューしたフロントウイング。その後『魔界天使ジブリール』『ほしうた』『グリザイアの果実』とヒット作を生み出してきた。そんなフロントウイングの代表として、設立時からブランドを引っ張ってきた山川竜一郎氏は、紆余曲折の中で国内市場の現状と海外市場の可能性を把握。2010年の10周年を機に、大きくブランドの方向性を転換。それが2016年に形になって表れた。その判断の本質を伺う。
1999年 フロントウイング設立
2000年 デビュー作『カナリア』発売
2004年 『魔界天使ジブリール』
     『ほしうた』発売。以後人気シリーズに
2007年 ブランド初の3D作品『タイムリープ』発売
2011年 10周年記念作品『グリザイアの果実』発売。
     以後、人気シリーズに
2014年 『グリザイアの果実』TVアニメ化
2016年 『コロナ・ブロッサム』
     日本語版・英語版同時リリース
2017年 『グリザイア ファントムトリガー』
     日本語版・英語版同時リリース
 

ゲーム制作より取次業に興味のあった学生時代

―――フロントウイングさんは2000年にデビューされますが、当時山川さんは最年少社長と言われていました。そんな山川さんと美少女ゲームのかかわりを教えてください。

山川(敬称略/以下同):中学生の時にMSXを買って、いわゆるエロゲーというのも遊んでいました。当時は「18禁」という概念がありませんでしたからね。それで高校生の頃から同人でパソコンゲームを作り始めていたんですけど、同時に機会があるたびに札幌から東京に出ては、同人サークルの作るゲームを、札幌の即売会で委託販売させてもらっていたんです。当時はネット通販もダウンロード販売もありませんでしたから。今思えば、よく高校生を信じてくれたなって思うんですが(笑)。

―――もちろん相手は年上ですよね。

山川:そうですね、大人相手でした。でも当時の札幌ではそういう面白いゲームを手に入れることはできなかった。知っちゃったら、広めたくなるじゃないですか。

―――なるほど。

山川:その後、東京の大学に入学し、『マジック:ザ・ギャザリング』というTCGを知るんです。アメリカから並行輸入して、札幌の古本屋で売ってもらっていました。まだインターネット黎明期で海外から買い付けるのは大変だったのですが、儲かりましたね(笑)。それと並行して同人ゲームを作り続けていたら、TGLさんから声をかけていただいて商業デビューした、という流れです。

―――デビュー時は大学生だったんですか?

山川:いえ、辞めていました。『マジック:ザ・ギャザリング』の輸入が個人規模では収まらなくなったのと、大学が自分の考えていたものと違っていたことが分かったので。

―――その当時はゲーム作りよりも取次業に興味があったみたいですね。

山川:そうですね。TCGの自動販売機が作れないかと業者まで足を運んだりもしました。まあ大学生だったので、相手にしてもらえませんでしたけど(笑)。そうこうしているうちにゲーム制作の仕事が決まったので、TCGのほうは一度凍結したんです。

―――当時の『マジック:ザ・ギャザリング』は流行りはじめる直前だったと思います。そこを見極めたというのはすごいですね。

山川:面白いのはわかっていました。さらに当時はホビージャパンが1ドル=250円くらいの値付けで販売していたので、これは入り込めるな、と。あの頃もう2~3歳年上だったら、そこでもっと儲けられたと思います。当時オタク産業に参入しようとする会社さんから相談されてアドバイスしたんですが、その会社は大きく成長しましたからね。

未経験者集団から生み出された『カナリア』

長年、第一線で活躍するクリエイターの商業デビュー作にもなった『カナリア』。今振り返るとメンバーの豪華さに驚かされる。音楽をテーマにした作品で同ブランドでは以降も主題歌にこだわりを見せる

―――フロントウイングの話に戻しましょう(笑)。同人から商業へということでしたが、不安などはありませんでしたか?

山川:なかったですね。まだ学生でしたし、若いうちに挑戦するなら全ベットだってくらいの気持ちでした。最初のメンバーは大学の仲間にプログラムをやらせて、高校時代の仲間にも手伝ってもらいました。シナリオはヤマグチノボルさん桑島由一さん、原画は片倉真二さんに声をかけました。全員商業未経験ですよ(笑)。

―――デビュー作『カナリア』は新人スタッフが集まって作り上げて、人気クリエイターを多数輩出したことでも知られています。

山川:そういう時代だったとしか(笑)。音楽も佐藤ひろ美さんや上松範康さんとかも『カナリア』でデビューですから。

―――新人ばかりで作った『カナリア』ですが、当時の市場を考えても成功したと言える成果をあげました。手応えはありましたか?

山川:手応えというより雑誌が応援してくれたんです。『コンプティーク』でいきなり表紙になったりして。2000年前半は雑誌の力が強かったですからね。ただ、新人ブランドがいきなり表紙を取ったものだから「角川の資本が入っている」とか言われましたよ(笑)。なんか業界人っぽい難癖だなあって思いましたけどね。

―――でも、確かに雑誌の表紙をとれたというのは大きな手応えになりますよね。

山川:それと、しっかり作っていればそれ相応に売れた時期でもありました。当時は年間100本くらいは1万本超えの美少女ゲームがありましたからね。

―――『カナリア』はバンドもので、販促等にも音楽を積極的に使われていましたね。

山川:イベントで音楽を盛り込むというのは当時のF&Cさんもやっていて、これは自分もできるかな、と。当時はこの「自分たちでもできるんじゃないか」という機運がありましたよね。パソコンの進化が激しすぎて既存のメーカーでもついていくのがやっとだった時代。そんなに差はないかな、と。やれば追いつく、新しいものを作れるという雰囲気はありました。その意味では今のほうが参入が難しいんじゃないですかね。製作費は膨れ上がっているし、ムービーや音楽、CGなどのクオリティーや技術の蓄積もありますし。

―――ただ、『カナリア』成功後に足踏みの時期がありましたよね。

山川:ありましたね。話をすると長くなるので割愛しますが、あの当時ってクリエイターだけでなくブランドの代表の人となりを見てゲームを買ったり、ブランドを応援する動きがあったと思うんです。そこで大きなマイナスを背負うことになってしまった。ただまあ、遅かれ早かれ表面化することはあるわけで、それがたまたま2本目の発売前だった。その後はみんないい方向に進めたので、悪いことばかりじゃなかったんですよ。

―――その時期は、かなり挑戦的な作品を出されていましたよね。オムニバスで方向性の異なる3作品を入れた『426』や、当時の美少女ゲームの本流ではないキャラデザインで勝負した『魔女のお茶会』など……。

山川:やはり新しいことをしたかったんです。それでいろいろアイデアを出したんですけど、ユーザーさんは保守的ですからなかなか受け入れてもらえないですよね。これは今でも変わらないと思います。

―――そんな中で顕著だったのが歌ものに対するこだわりです。楽曲クオリティーはもちろんですが、新人ベテランを問わず多くのアーティストを起用していますよね。

山川:主題歌などにはこだわりました。というか業界的に音楽とムービーへのこだわりが強くなった時代ですよね。そんな中でたくさんのアーティストを起用しましたけど、この時期の美少女ゲーム業界があったから多くのボーカリストが世に出たと思っています。それはアニメ業界より歌手選びが自由にできるというのが大きいと思いますが、息の長いアーティストも多いですよね。しかも年間20曲くらい歌う人もいる。なぜそうなったのかを考えると面白そうですね。

「失敗したら撤退」の覚悟で臨んだ10周年記念作品

「制作スタッフも自分が想定しうるフロントウイングの最高メンバー」(山川氏)で制作された『グリザイアの果実』は大ヒット、ブランドの転機ともなった

―――その後フロントウイングの中で転機になった作品といえば?

山川:2003年の『私立アキハバラ学園』、2004年の『魔界天使ジブリール』と『そらうた』ですかね。僕がプロデュースして、ヤマグチノボル、桑島由一が参加した作品です。ただ、この辺りは評価の高さほど数字には繋がっていない。やはりブランドイメージなんでしょうかね。ブランドファンというより作品のファンが多かった印象があります。ここから『ジブリール』シリーズ、『うた』シリーズが中核になり、そして2011年の『グリザイアの果実』につながるわけです。

―――この10年間はメーカー主催のイベントやライブが増えた時期でもありますが、フロントウイングさんはやっていませんよね。

山川:コンベンション型イベントに出たりはしていますけど、自社開催はないです。コンベンション型イベントでも他社の人気社長みたいにトーク企画をやったりもしませんね。

―――音楽へのこだわりを考えるとライブイベントがないのは不思議でもあります。

山川:フロントウイングで歌っているアーティストさんは、ほかのイベントでもウチの曲を歌ってくれるんです。だから全く聴けないというのはない。それとユーザーさんにお金を使ってもらうなら、ゲームを買ってほしいというのはあります。

―――さて『グリザイアの果実』は10周年記念作品です。この作品は大成功となりましたが、やはり意気込みは強かったのですか?

山川:10周年になったのは巡り合わせもあるんですが、ここまでゲームを作ってきて、ブランドは順調に回して行けているけれども、大ブレイクしないという状況になっていました。なので『グリザイアの果実』は「これで成功しなければ会社をたたむ」くらいの気持ちはありましたね。制作スタッフも自分が想定しうるフロントウイングの最高メンバーですし。

―――そんな勝負かかった作品でありながら、これまでのフロントウイングの人気作とは方向性が大きく違っていますよね。

山川:これはシナリオの藤崎竜太の力が大きいです。それまでは『ゆきうた』以降タイミングが合わずに一緒に仕事をする機会はなかったのですが、偶然このタイミングで可能になりました。彼が参加する前から幾つか案は出ていたのですが、彼が参加した日に「山川さんはどういうのやりたいの?」という話になり、「スーパー主人公がヒロインのトラウマを救うが、全ルートクリアしたあと、実は主人公はヒロイン全員と同じトラウマを抱えていて、パラレルワールド的なところで今度はヒロインが主人公を救う」というアイデアを出したら「それでいこう」となりました。肉付け部分は完全にシナリオライターの力ですが、コンセプトはこの日のままブレることはなかったですね。

―――『グリザイア』シリーズは毎週のようにライターの打ち合わせがあったそうですね。

山川:この作品の主人公は個性が強いんです。美少女ゲームにありがちな無個性な主人公ではない。無個性主人公なら複数ライターで各ルートを書いても、微調整すれば主人公の性格も調整できます。でも個性の強い主人公だとシナリオライター全員が意思統一していかないと書けないんです。それで毎週打ち合わせをするようになりました。

―――シリーズ3部作というのは当初から決まっていたのですか?

山川:『グリザイアの果実』が売れなかったらそこで終わりにするつもりでしたが、売れたら3部作という予定ではありました。前後編にすると間が2年くらいかかってしまう。そうなるとユーザーも待てないので、3部作で1年1本のペースで考えていました。おかげさまで成功してよかったです(笑)。